いつかコーヒー農園に行きたい
あ、唐突にすみません。どうもYutaです。今日はコーヒーへのエピソードです。
初めてコーヒーを飲んだのは中学生の時。コーヒー好きの親に影響されペロッと一口。あの苦さは今でも覚えている。ブラックが飲めるようになったのは、大学受験の時だろうか。同じ高校、同じ塾だった狩野くんに影響されよくコンビニに売っているTULLY’S COFFEEを飲んだものだ。
大学1年の時、FUGLEN TOKYOというコーヒーショップに足を運んだ。そこて飲んだエスプレッソが僕の進む道を決めたと言っても過言ではない。「苦くない」「体が喜んでいる」コーヒーを飲んで初めて感じたことだ。
そこからもっとコーヒーのことが知りたくなり、某コーヒー屋さんでアルバイトを始めた。そこでは焙煎を教わった。直火焙煎機にコーヒーを入れ20数ヵ国のコーヒー豆を何百回も焙煎した。
1つの疑問が浮かんだ。コーヒー豆はどうやってこの緑色の生豆の状態になったのか?どういう国で?環境は?栽培は?そこに携わっている人はどういう暮らしをしているのか?
その疑問が浮かんだと同じ時期くらいから東京都内の色々なコーヒーショップに足を運ぶようになった。色々なコーヒー屋さんがあり、色々な味があった。まさに十人十色で、コーヒーショップの数だけ味があり、コーヒーの中に自分の好き嫌いを発見した。
やはり、お気に入りはFUGLEN TOKYOだった。
初めてカッピング(テイスティング)に参加したときは緊張してコーヒーの味がまったくわからなかった。FUGLEN TOKYOのカッピングに並べられるコーヒーは北欧をはじめ世界各国のレベルの高いモノが並ぶ。初心者の私にはどの豆も”美味しい”としか感じられなかった。先輩バリスタの方々は美味しさの中にフレーバーを感じ、意見を言い合っておりレベルの差を痛感したものだ。
もっと色々なコーヒーを知りたい。
その一心で僕はNYに飛び立った。期間は1週間。観光なんて二の次。コーヒーショップからコーヒーショップを梯子し沢山コーヒーを飲んだ。驚いたことは、そこにいるバリスタがめっちゃ楽しそうに働いたことだ。客対バリスタではなく、人対人だった。これは良い意味でカルチャーショックだった。
もともと新卒で企業に就職する気がまったくなく、海外でコーヒーに携わりたいという想いから帰国後は英語もろくに話せないのに海外のコーヒーショップへ働かせくれとメッセージを送ったが全滅に終わった。大学4年、卒業2ヶ月前のことだ。
ちょうどそのとき、知り合いから「長野に面白い人がいるから会いに行こう」と誘いを受けた。バスで約5時間揺られ、着いたのは長野県、木曽福島。そこで僕は木工職人の鈴木さんに出会った。自分の好きなことが人の役に立っている姿にとても生き生きしているように感じた。幸いにもその日は鈴木さんへの雑誌の取材も重なっており今までの経験だったり、体験談を一緒に聞かせてもらった。このままここで何かやろうかと思ったが、資金も経験もなし、結果なにもできなかったが、
僕には何ができるか。楽しいか、ワクワクするか。人の役に立てるか。何をやっているときが一番生きてる実感を味わえるか考えた。
コーヒーだ。
コーヒーの道から逃げようとしていた自分を奮い起たせてくれた、Takuroさん、鈴木さんに感謝、感謝だ
そして現在、僕はワーキングホリデーに向けて資金を貯めている。メルボルン?ロンドン?ノルウェー?デンマーク?トロント?ニュージーランド?それは、これから吟味して決めたいと思う。
最後に
まったく無名&ゼロからの スタートですが応援していただける人間になれよう精進していきます。
今日のところはこんな感じで。
良い週末を。